鈴木 良 情報

目次
2021.1.2 フロリダ州キーウェストにて

「患者さんと一緒に、病気にならない日常をつくる」

 僕はただ病気を診るだけの医師ではありません。
あなたが日常から健康を守り、人生をより豊かに過ごせるように伴走する存在でありたい。
 そんな思いで診療と情報発信を行っています。 

 1982年、奈良市生まれ。東登美ヶ丘小学校・東大寺学園中高等学校卒業。厳格な両親の教育方針のもと、硬式テニス部は中学で休部。以後、はっきりとした目的意識のないまま、医師である父親の後を無意識に追いかけて過ごしてきました。

 陽の当たらない自分へのコンプレックスを振り払うように、奈良県立医科大学での学生時代はただ夢中でテニスに没頭していました。当時は今と違い、学生の授業への出席率は低く、自分もご多分に漏れず1日中テニスをしている、というような生活を送っていました。その甲斐もあって、奈良学生テニス選手権で優勝したり、弱小チームであった奈良医大テニス部を近畿大会で3位入賞に導くなど、今人生を振り返ってみても最も輝いていた時間の一つを過ごすことができました。(ちなみにもう一つ輝いていたときは、小学6年生の塾の夏合宿で好成績をとり、皆の前で成績が張り出されたときです。よく瞑想のときに使います😄)

 一方、健康面の悩みが高校の頃からありました。空咳が長引き、抗生物質をはじめとするあらゆる薬を試しましたが、有効な治療はありませんでした。それは明らかにストレスが関係していて、受験勉強のストレスが大きな要因でした。当時は直感的に、運動をする、日光を浴びるなどの行為がストレス発散となり、慢性咳嗽を軽減するものだと感じていました。受験の失敗を乗り越えたとき、ようやくひどい空咳からは逃れることができました。今振り返ると、自分はスポーツをする習慣があり、健康的な生活を送ってはいるものの、わりと繊細な体質で体が強い方ではなく、食べ物や環境の影響を受けやすいと思います。農薬や食品添加物などの化学物質、特定の食品に対する耐性が低い(顕著なアレルギー症状が出るわけではないが…)です。

耳鼻咽喉科診療、そして米国へ留学

 大学卒業後、2年間の初期研修では心肺停止の救急患者の蘇生、集中治療室での重症患者の全身治療などを含め、幅広い医療に携わりました。当時はただ目の前の病気を治したい、命を救いたい、知識と技術を身につけたいということだけを考えていました。

 その後、京都大学で耳鼻咽喉科医師を志しました。耳鼻咽喉科は聴覚・嗅覚・味覚・触覚と五感のうち視覚を除く4つの感覚と平衡覚を扱います。また、炎症性・機能性疾患以外にも、頭頸部癌を扱い、手術・抗癌剤・放射線治療による集学的治療を担います。専門家として診断、治療方針決定を行い、専門治療を実施してきました。

 京都大学では実臨床だけではなく、研究に従事することが求められますので、大学院に入学して基礎医学研究を開始しました。その後、声帯再生の研究、声帯のバリア機構に関する研究が評価され、アメリカ合衆国ウイスコンシン大学マディソン校(UW-Madison)に研究留学しました。そこで、ヒトの声帯上皮細胞や線維芽細胞を用いた3D培養、イヌ摘出喉頭の脱細胞・細胞移植、遺伝子組み換えマウスを用いて声帯の発生研究を行いました。

 アメリカは私生活も日本とは全く異なる環境でした。空は透き通るような真っ青で、日本のようにせかせかした雰囲気が無く、陽気な人が多いです❗️そしてアメリカは、自分が想像していたよりもすべてが2倍くらいスケールが大きかったです。車無しでは全くやっていけない。建物は天井が高くて、部屋やアパートの庭は広く、開放感がありました。至る所に広々とした公園があり、ターキー(七面鳥)が悠長に闊歩しており、人工物が視界に入らない光景に容易にアクセスできました。

 ウイスコンシン州マディソンにも世界中から学生や研究者や企業人が集まっており、人種のるつぼでした。東アジアやイスラム圏、中南米出身者も数多くいて多様でした。アメリカ人も外国人も皆明るく挨拶をするし、親切な人が多かった上に、人の目を気にしない、人は人、自分は自分といった感じで、自分達と異なる他者に対して寛容でした。
 アメリカは医療費がすごく高いので、金持ちではない多くの人は容易なことでは病院を受診せず、over-the-counter drug (薬局で売っている薬)で済ませたり、自分達で助け合ってなんとかしようといていました。もちろんその弊害もありますが、医療に限らずいろいろな契約などでアメリカはシビアであり、困ったらアメリカ政府が助けてくれるわけではないので、自分のことは最終的には自分で責任を負わなければならないです。そういう点で日本よりも現実生活がシビアな世界であり、そこに住む世界中からの人々はしっかりしていて、自立心が強いと感じました。
 また、ウイスコンシン州は北海道と同じくらいの緯度で、夏は暑く、冬は-30℃の極寒になります。過ごしやすい春と秋は一瞬で過ぎ去り、長い夏と長い冬の気温の変化が激しいです。AAAというロードサービス(日本のJAFに相当する)に入っていましたが、冬に車のトラブルに遭うと、凍死するのではないか…と思います。そんな厳しい環境なので、ウイスコンシンに住んでいると日本で安穏と暮らすよりは精神的に逞しくなるように思います。

コロナ禍でロックダウン

 2020年3月、地球の裏側で大騒ぎになっているとニュースで伝え聞く新型コロナウイルスが、じわりじわりとアメリカ中西部の地方都市まで忍び寄ってきました。第一例の患者発生から、あっという間に都市封鎖(ロックダウン)に至りました。

 外出は食料品などの生活必需の用事のみとなり、それ以外の企業・施設は閉鎖またはリモート勤務となりました。違反すれば罰金の可能性があるほど、強制力のある州政府による措置でした。UW-Madisonも全面オンライン授業に移行し、ラボ使用は必要不可欠な研究のみに制限されました。レストラン・カフェがほぼテイクアウトのみとなり、Walmart、Target、Trader Joe’s などのスーパーでは入場制限があり、行列ができました。もともとアジア人だけがマスクをしているのが日常であったのが、大学や市がマスク着用を義務化しました。アメリカでも有数の安全な街マディソン(大阪よりも治安が良い!)にあってそれは異様な空気感で、コロナに関するフェイクニュースを含むさまざまな情報が飛び交い、商店街の窓ガラスが破壊されたり、パトカーが放火されるといった過激な暴動もあって、自分の身は自分で守らなければいけませんでした。毎日感染者数のみならず、死者数も公表されており、当時は日本よりも桁違いに厳しい状況にありました。
 その後ワクチン接種が進み、規制が徐々に解除され、もともとのアメリカ人の明るさもあって、コロナを過度に恐れず日常生活を取り戻そうという風潮を感じることができました。アウトドア好きなので、至る所でBBQなどの屋外活動が復活しました!この経験から、自分の行動や自分の健康は人任せにするのではなく自分で責任をとらなければいけないこと、社会は目まぐるしく変化することがあってそれに柔軟に対応しなければいけないこと、何があっても明るく前向きに生きていくこと、を学びました。

 アメリカ留学の後半は”コロナ後”で大変な経験をしましたが、それでもなんとか良い研究結果を出し、私生活でもアメリカ合衆国を満喫することができました。東海岸や西海岸の大都会の楽しみもありますが、やはり広大なアメリカ大陸を車で横断・縦断する爽快感は格別でした。人の手がほとんど入っておらず、完全な大自然が残る”National Park”は豪快で、日本とは違った良さを全身で体験することができて最高です!

患者の役に立つ医療を目指して

 コロナ禍では、デマが飛び交い、コロナで死ぬ危険も感じていたので、サバイブするためにさまざまな情報を集めました。なんとかしてワクチンを早く接種できないか(当時は本当に生きるか死ぬかという切迫感があったので、ワクチンの副作用についての議論はほとんどない)、という切実な課題もありましたが、日常の習慣で免疫力を高めることこそ大事だと基本に立ち返りました。Community Garden(家庭菜園)で作った完全Organicな野菜をはじめ、野菜・果物を大量に食べること、日光に当たること、よく寝ること(メラトニンのサプリメントも飲んでいました)、冷水シャワーを浴びること、などを意識して、自然免疫力を高めようと試みました。

 繰り返しますが、死の恐怖があり周囲もパニック状態でしたので、半強制的にワクチンを2回接種しました。今振り返ると、なぜあれほどショックで震え上がっていたのだろうかと思います。コロナを始めとした感染症のショックは、今後も再び発生する可能性は高いです。感染症が定期的に流行することは歴史が示しており、人類はそれを乗り越えてきました。必要なのはワクチンではなくて、健康的な生活習慣と病気への備えです。
 過剰医療という公の問題もありますし、ガンやアレルギー、自己免疫疾患、精神疾患も近年増えてきています。なるべく一人一人が健康面で自立し、健康長寿を全うして死ぬときは”コロリ”と死ね、そんな明るい社会になるように、医師としての活動をしていきたいと思います。

右京みみはなのどクリニック 開業

 令和8年2月24日、耳鼻咽喉科を開業します。地域に根ざした「かかりつけ耳鼻科」として、丁寧でわかりやすい説明を心がけます。奈良市右京エリアの人々が、地域で一番健康になるように精進します。

健康教育の実践

 健康情報をブログで定期発信していきます。耳鼻咽喉科診療に加え、代替医療を積極的に取り入れ、さまざまな不定愁訴や健康上の悩みを抱える患者さんの役に立つ情報をお伝えします。また、食事指導や運動指導といった、生活習慣改善を目指した指導を実施していきます。

莫煩悩

 鎌倉時代の北条時宗が元寇の危機に際し、禅僧の無学祖元から贈られたもので、準備を尽くした後は、過度な恐れや疑念に心を乱されず、澄んだ心で目の前のことに集中して取り組むべきだという教え。あれこれと考えずに、集中力を高めて、 ”ゾーンに入る” 感覚を大切にしたいです🔥🔥


目次